平成10年(1998年)12月10日の山形新聞記事

出羽桜での酒造り研修のときに、井上杜氏が

「そういえば、修一君だいぶ前に山形新聞に取り上げられましたよね。あのときの記事憶えているなぁ。多分あるはずだなぁ。」

とごそごそと資料を漁って、当時の記事を引っ張り出してきてくれました。私もすっかり忘れていたのに、憶えていてくださってうれしかったです。

1996年から木川屋のWebを公開。あのときに酒類の小売店で自社サイトを持っているところは全国でも10軒もありませんでした。東北では私が一番最初です。

プロバイダーが近くになくて、仙台まで長距離電話でプロバイダー(たしかRimnet)につないでいました。
ネットでの販売を始めてしばらくは売上がほとんどなく、ひどいときは月に数万円。

電話代とプロバイダーの契約料金だけで月3万円。売上も同じくらいかヘタするとそれ以下です。「どういう意味かわかるか? つまり赤字だ。社長の俺が配達もして外を駆けずり回っているのに、お前は偉そうに机に座ってこの程度の売上か」と、父に言われました。

嫌味半分激励半分だったのか、真意はわかりませんが、休みも取らずに夜中まで必死でシステム作りと改良を繰り返しました。また文句を言いながらも、父は利益が出ないその仕事を私に続けさせてくれました。

前職が通信機メーカーの開発(ソフトウェア担当)の技術職だったため、営業経験も無い、商品知識も無い、経理もわからない、酒田を離れていたので人脈も無い、当時の私の武器はコンピュータを触ることしか無かったのです。地域での人脈作りのために酒田商工会議所青年部に入った(というか親に行けと言われた w)のもその頃です。

通信費をペイして赤字にならない(儲けもほとんどない)状態になるまで数年かかりました。
初めて単月で黒字になったときの嬉しさは今でも憶えています。そして、もしかしたら、この仕事を続けていけば、なんとかなるかもしれないとそのときに初めて思いました。

出来の悪いWebで、技術者時代に知り合ったみなさんから色々教えて頂き、そしてその頃の方たちは実際に酒蔵見学で酒田にも何度も訪れてくれました。今でも多くの方がお客様として当店を利用してくださっています。

お客様にも蔵元にも助けていただきながら、必死に作業をしていた記憶がこの記事を見ると蘇ります。2016-03-13 - 94.jpg

出羽桜 山形工場 造り研修 2日目 画像 その2

仕込みの作業はまだまだ続きます。
今度は麹室での作業です。

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室(むろ)に引き込んだ蒸米に種付け作業を行います。


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これが種麹(たねこうじ)、もやしともいいます。

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頭の村山さん。笑顔が素敵です。

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元社員であり麹担当の吉田さんも作業します。

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種付け作業は私も行いましたが、濃いところや薄いところが出て、手際よく均一になりません。(^^;)
上の布は麹菌が飛び散らないためにかけながら行います。

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もやしを振ったあとの蒸し米を裏返します。

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裏返した蒸し米にまたもやしを振ります。

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明日仕込む米の準備も始まりました。

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こちらは酒粕の袋詰作業。酒粕も年々貴重品になっています。

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洗米・浸漬が終わった米を大きい袋入れて吊るし、甑(こしき)に張っていきます。

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水平になるまで綺麗にならします。私も担当したことがありますが、簡単そうで結構難しい。
蔵の方はとても手際よく作業が完了します。

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わっぱを付けて二段目に米を入れます。

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だいたいの作業が終わりました。この時点で15:00です。

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出羽桜の広報用に吉田さんの写真を撮影する市村さん。

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私も一緒にみなさんと記念撮影。市村さんがシャッターを切ってくれました。

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また時間を作って勉強に行きたいと思います。

最後に私の作業写真を一応ちゃんとやったんですよ。(^^;)

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出羽桜 山形工場 造り研修 2日目 画像 その1

2日目です。
井上杜氏と浦里さんを捕まえて夜中まで話しすぎました。お二人共お疲れだったのにごめんなさい。
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酒蔵の朝は早いです。泊まりの人たちが一仕事したら、普通に出勤する方たちがどんどんと仕事を進めます。


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こちらは仕込み部屋2Fの酒母室です。
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醪も毎日分析が行われます。

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酒母室へ続く階段は結構急ですが、ここを蒸し米などを担いで登ります。

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洗米作業です。水流を利用して米を洗います。
鑑評会用の大吟醸などは素手での手洗い作業です。

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こういった具合に大量に水を使う必要があるのが酒造り。
質も量も良い水があるところでないと酒蔵は困ります。


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米はバケットに入れられ、チェーンホイストで吊るして運びます。
こういった設備に無い昔は重労働だったと思います。

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今日蒸し上げる米が張られていて準備万端の甑(こしき)です。

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蒸気が大量に上がっています。

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蒸しあがるまでの時間を使って杜氏はお酒のチェックを行っていました。

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そろそろ出番です。

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笑顔の若い方は吉田さん。私よりも年下ですが、私にとっては酒造りの先生でもあります。
彼のご実家は山形市の酒の郷 吉田酒店さん。
私が修行に来ていたときは出羽桜の製造社員でした。

麹造りも担当されていた方です。
今回の研修は吉田さんとご一緒できたのが嬉しかったです。

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蒸しあがった米は人力で取り出します。

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これは若手の仕事。掘っているのは利根錦から修行に来られた研修生の永井さん。
彼もイケメンです。w

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掘った米をベルトコンベアに入れているのは、なんと京都大学大学院を中退されてまで出羽桜に入社した市村さん。

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こちらは齋藤さん。齋藤さんも以前研修でお邪魔したときにたいへんかわいがっていただきました。
お元気そうでなによりでした。

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作業はどんどん進みます。

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酒蔵は午前中がなんといっても忙しいのです。

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朝の早い、空気が冷たいときに蒸しあげます。

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蒸し上げた米はベルトコンベアで左の放冷機(空気を下から抜いて蒸し米を冷やす)に入れられます。

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釜堀は造り酒屋の仕事の中でも一番の重労働。
腰を痛めたりするので若手の仕事です。

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麹室まではエアシューターを使えないので手で運びます。

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上の段が終わって次の段へ。

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蒸し米は上のほうに麹米、下のほうは掛け米を置いて蒸します。

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放冷機は温度のチェックと蒸米をほぐすために頭の村山さんが立ちます。
昔研修に来た時に年配の方がいらしたのですが、あのときいらした方は退職されたりで村山さんだけになってしまいました。

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櫂入れする吉田さん。
この日は私と吉田さんが櫂入れ担当。
このタンクは留め仕込み(米をたくさん入れます)の日なので、どんどん重くなる醪をひたすら櫂突きします。
これも結構重労働です。

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放冷機はこのように向い合って作業します。

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蒸しが終わって放冷機を清掃します。最後は熱湯で煮沸です。

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井上杜氏はベルトの清掃。午前の作業はこれで終わりです。

その2に続く

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